スタジオジブリのエモい青春品「海がきこえる」。
高知の美しい風景と、等身大の高校生たちの揺れる心が描かれた本作には、実は、原作小説の初期バージョンにのみに存在した“キスシーン”がありました。
アニメ版や現在流通している単行本ではこの場面はカットされていますが、ファンの間では“幻のキスシーン”として語り継がれています。
エモい青春作品「海がきこえる」には、幻のキスシーンが存在した!
アニメの原作である氷室冴子さんによる小説「海がきこえる」は、1978年5月26日に徳間書店より創刊された日本初の本格的商業アニメ雑誌・月刊「アニメージュ」にて連載されました。
このアニメージュには、たくとりかこのキスシーンはが掲載されていました。
それが、1993年の単行本化とアニメ映像化の際にはカットされたようで、なくなってしまっていたのです。
カットされたキスシーンがどんなものだったのか、気になりますよね。
エモい青春作品「海がきこえる」の幻のキスシーンとは?【画像あり】
次が、映像化と単行本化の際にはカットされていた、たくとりかこの幻のキスシーンです。

ぼくは里伽子の肩を抱いて、彼女が避けるそぶりをしないのを幸い、いっきに引き寄せてキスをした。あわてて、体を引きはなして咳払いをしていると、
「ねえ、あたし、一年以上もこの街にいたのに、お城、こんなふうに見たの初めてよ。きれいじゃない?」
とひどく感動したようにいった。ぼくはなんともいいようがなくて、うんと頷いた。内心では、なんなんだと面食らいながら。
物語終盤、夏の夜。
小説版では、拓と里伽子は同窓会の二次会で再会し、ふたりで抜け出します。
互いの気持ちが少しずつ通い合う中、ライトアップされた高知城を背景に、拓が里伽子の肩を引き寄せ、一瞬だけ唇を重ねる――
そんな、淡くて切ない青春のキスシーンです。
この名シーンは、
- 夜の高知城の幻想的な雰囲気
- 二人の間に流れる静かな時間
- ほんの一瞬のキス
という、まさに"青春のきらめき"が凝縮された描写でした。
エモい青春作品「海がきこえる」の幻のキスシーン感想

アニメージュにしか描かれなかった、拓斗と里伽子の幻のキスシーン。
拓からしてみたら、里伽子にキスしたことは、清水寺の舞台から飛び降りたかのような出来事だったでしょう。
ところが里伽子は、何事もなかったような様子で、高知城のライトアップに感動している。
いつもの里伽子だったらば、何をやってくれるんだとすぐに怒ってみせても良さそうなものです。
拓はそんな里伽子の様子に面食らってしまったようです。
ですが、里伽子が拓のキスの後で高知城を見て(きれい)だと感動していたこと、それが、彼女の全てを物語っていたのだと思います。
里伽子はそれまで高知に良い思い出は無かったようですが、その夜、きっと初めて高知に素敵な思い出ができたということだったのでしょう。
キスをした後素晴らしい気分で見上げた高知城は、やっぱり素晴らしかったということなのでしょう。
「男の子から見たら何を考えているか分からない」それが本作のヒロイン像

里伽子はどうしてこんなにもつかみどころがないのか。
それは、それが「海がきこえる」のヒロイン像だからで、ぶれようがないようです。
「海がきこえる」の原作者・氷室冴子さんはかつて、試写会で、里伽子について、次のように話していました。
「女性から見た里伽子は普通の女の子でも、男の子には謎の部分を持っている」
――そういう女の子を、謎のままに書きたかった、ということですね。
ですから、「海がきこえる」は、拓視点で描かれているのですね。
このキスシーンでも拓は、原作者の思惑通り、最後まで里伽子に振り回されっぱなしです。
何を考えているか分からず、つかみどころがない――それが里伽子の魅力で、それに振り回されるのが、拓の魅力ではないでしょうか。
なぜ「海がきこえる」のキスシーンはカットされたのか?
カットされた、たくとりかこの幻のキスシーン。
“エモさ”が「海がきこえる」人気の大きな理由のひとつですが、このキスシーンも間違いなく“激エモ”です。
それなのになぜ、「海がきこえる」のキスシーンはカットされたのでしょうか。
考察してみました
1. より幅広い読者・視聴者への配慮

アニメ化するに辺り、
- 児童・青少年も楽しめて、より広い層に受け入れられる普遍的な青春物語にしたい
という編集方針が働いたと考えられます。
いわゆる“気まずいシーン”を無くして、誰が誰とでも見られるように配慮したことですね。
2. 続編に向け余韻を重視する編集方針
小説「海がきこえる」には、続編となる「海がきこえるⅡ アイがあるから」があります。
キスシーンのような決定的な描写をあえて省くことで、
- 最終回を着地させずに続編に繋げたい
という狙いがあったと考えられます。
たくとりかこがその後どうなったのか、余韻が残るのは、キスして終わるより、駅のホームで再会するところで終わる方だということは、明白の事実です。
キスシーンは、ふたりの関係性を明確にしてしまいます。

3. 恋愛映画より青春映画にベクトルを振る

「海がきこえる」は、思春期特有の“すれ違い”や“もどかしさ”が魅力の作品です。
主人公たちの日常のさりげない瞬間や、心の揺れを丁寧に描いています。
キスシーンが入ることで、物語のトーンが変わってしまうことを避けたかった――そんな繊細なバランス感覚が、カットの理由の一つになったかもしれません。
恋愛ストーリーには必ず描かれるキスシーンをあえてカットすることで、
- 青春の曖昧さ・未完成さを際立たせたい
という狙いがあったことが考えられます。
1993年に単行本化された際には、キスシーンがカットされました。1999年に文庫本化された際には、現実と小説にギャップが生じないよう、当時の状況に合わせてヒット曲などの修正が加えられたということです。(例えばWinkから安室奈美恵へ)
「海がきこえる」は、当時のジブリの若手スタッフが中心となって、「若手の育成」という目的も兼ねて制作された作品でもあったといいます。そういった背景もあって、劇場公開ではなく、テレビという形で幅広い視聴者に届けられたんですね。スタジオジブリ作品は映画館で観るものというイメージが強いので、テレビ放送作品だったと知って驚く人も多いようです。
まとめ

アニメージュに連載された小説「海がきこえる」には、かつて高知城前で拓と里伽子がキスを交わすシーンが存在しました。
しかし、単行本化・アニメ化される際にはカットされ、今では“幻のキスシーン”として語り継がれています。
この決定的な恋愛描写がカットされたことで、作品はより読者の想像力を刺激し、より多くの人の“青春の記憶”と重なる名作になったのかもしれません。
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